世界遺産 富岡製糸場へ
さて、やっとこの記事が書けます!
やっと。やっと。
8月19日
それは、大学二年生の時にサークルのお仕事で相棒だったYちゃんの一言が始まりでした。
「富岡製糸場行こうよ」
いやはや、そんなディープな場所、一緒に行ってくれるなんて!
すぐに「行こう。」とお返事をしました。
あれから時間は経ち、やっと実現したのです。
朝、渋谷の湘南新宿ラインのホームで集合。
新幹線?今回は使いません。
高崎まで一本、そしてそこから上州線で一本。
合計2時間30分程。
行きも帰りも座れるので、楽です。
高崎までは東京と変わらないくらい栄えているのですが、上州線に入ると様子が一変。
広がる田園風景。これがどこまでも続きます。
Yちゃんも私も、ひたすら窓の外を眺めます。
終始、すごいねぇ、という言葉しか出てきません。
目的地はここ。上州富岡。早く着かないかしら。
上州線はこんな感じの風貌。小さくて、可愛くて、でも走りはパワフル。(めっちゃ揺れます)
さあ、着きました!ここまで長かった。上州富岡。
どんな街が広がっているのかな!
降り立った私たちを迎えたのはまっすぐ続く商店街。
ひたすら歩いて、富岡製糸場に到着!
外観の写真を撮り忘れたようです。(おや)
立派なレンガ造りの建物。明治5年…歴史を感じます。
明治5年に建ったとは思えないくらい美しい製糸場。土台となっている石の隙間は現在も無く、当時の仕事の丁寧さがわかります。
さて、中を見ていきます。
原料課、と書かれた看板をくぐり抜けると…
当時の人が出入りしていたと思われる扉…
何もかも昔の姿だと、とてもワクワクします。
衝撃の注意書き。
二階にやってきました。綺麗なライトアップで浮かび上がる骨組みから、空間を広く確保するために工夫してつくられたことが分かります。
何があったのだろうか…と色々想像しちゃうような落書きも。
以下、ずらずらと写真です。
明治5年の日本家屋は、現在の日本家屋と姿はあまり変わり無く、感覚としては「現代でもありそう」という感じ。
しかし、日本の歴史に西洋的な要素が絡まりだすと、一気に古さを感じるようになる気がしました。
当時としては最新式だったはずなのに。でも現代では、すごく歴史を感じるものになっています。
自国のアイデンティティや文化って一時は古く思えても、実はずーっと変わらず時代を超えていくものだから1番NEWだったりして。なんて。
感動したのはここです。ここ。
よくこの絵で見ていたここです!!
ほら!今は改修工事もしていますし、当時の絵ですから多少色合いなど変えていると思いますが!きっとここです。笑
うーん、晴れて良かったなあ。
富岡製糸場は女工さんが働いていた場所です。
最初は劣悪環境、強制労働…?というイメージがあったのですが(あゝ、野麦峠に影響されすぎ)
敷地内には宿舎もあるし、診療所もあるし、こんな西洋式の建物で働けて、しかも手に職をつけられる…今でいう女性が福利厚生の良い企業に入るような感覚だったと思います。キャリアウーマンの第1歩となる場所だったとか。
富岡製糸場、もっと語りたいことがあるけれど、より長くなるのでやめます。笑
是非行ってみてください。
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